薬剤師tomorinnwのグルメ&くすり

薬局薬剤師歴15年☆グルメ記事★旅行記★

【レビュー】頭がよくなる逆説の思考術

【要約】

・貧しい人生とは主体性でない人生だ。
 日々を服従と反応で生きる。
 相手の言葉や動作によって自分の態度や意見を変える。
 そうすれば人間関係がうまくいくと考えている。
 休みの日は外にあるものに反応しているだけ。
 視聴者の反応を計算しつくしたテレビ番組を見て笑い、広告で流れた商品を買いに出かける。
 値段が安ければ得をしたと少し喜ぶ。
 この人は、漫然と受け取って半端に流すだけの日々を送っている。
 服従と反応だけを繰り返している。
 自分というものがあまりに希薄で主体性がないために、どの状況においても道具や使い走りになっている。

・動揺しない人生を創る
 あることを見たり知ったりして動揺が生じるのは、
 負い目がある。
 着手する義務があるのをひそかに自覚しているのに放置している。
 責任があるのに直視せずにできるだけ遠ざけようとしている。
 過大な幻想を抱いている。
 秘密にしたがっている。
 自分を動揺させるものを直視し、素手で掴み、自分なりに闘い、そのことがもはや踏み越えた過去の事柄のように小さなものにしてしまうことしかない。

・活力を新しくする。
 休みとは昼食時間や休憩のことではない。
 本当に自分の中から喧騒、懸念、思惑、心配、気がかりなどを排除して心をすっかりからっぽにする時間のこと。
 1日のうちに2度ないしは3度の休止符の時間を持つことは、ビジネスばかりではなく、豊かに生きるうえでも大切なことだ。15分とか20分でいい。その間だけは、体を動かさず、心も動かさない。もちろん、感情も動かさない。要するに何も考えない。ゆっくりした呼吸だけ行なう。

・何かを為せばいい。徹底して成し遂げればいい。すると、そのことが自分の才能になる。
・プロフェッショナルとは、自分で必要を見出し、自分の仕事を通じて自分の能力と個性を生かし、物事を完成させ、その結果として充分に、かつ他の人々をも豊かにするほど稼ぐことができる人のこと。

・人間は性格として固定化された存在では決してないのだから、他人や自分の性格についてくよくよ思案したり、慮ったりしないほうがいい。

・今のこの一つ一つの事柄、毎日の人間関係から雑用に至るまで自分を変えていく経験である。
・よく生きることとは意識的な善行などではなく、ふだんの事柄一つひとつを渾身に行ない、それを明日からの自分を創造するための栄養となし、毎日の経験をおろそかにしたり、無価値で無意味だと決め付けてないがしろにしたりしないことだ。

・物事の意味。物事への関与に内在している。だから、外からはいっこうに見えないし、どんな物事であれその意味内容を前もって推し量ることもできない。
・子育て、人生、結婚。意味を考えたところで正当はでてきはしない。
・自分がその物事に関わったときにのみ、はじめて意味が発生する。
・中途半端に関わるならば、何の意味も見出さなくなる。だから、物事や仕事をつまらないと思う。
・深く真剣に関わるならば、豊富な意味を見出すことができる。
その意味は自分の人生の意味や生きがいになっていく。

・世間話の中身の他藩はその常識の相互確認をして安心することだ。

・自分が欲しいものを得ている人は何か特別な技法、奥義、秘伝、コツ、ノウハウなどを知っていて隠しているにちがいないと思い込んでいる。

・疑問を言葉にするとは、対処の姿を明確に把握することだから。
私たちが理解したり自由に使えたりする言葉の数が多いほど、物事を理解しやすくなるし、問題を解決する能力が高くなる。本を読むこと。
・自分が本を読み、孤独の中で考えることをしなければ使える能力は身につかない。

・身軽に事実に向かう。

・仕事を食うための手段だとみなしている限り、あるいは金を稼ぐ一手段にすぎないと思っている限り、仕事に楽しみを見出せないし、上達することもない。
・何事も効率的に処理するのがベストだと思っている限り、日々は用事を処理する連続になってしまい、自分の人生がどこにもなくなってしまう。

・理性的:冷静に損得勘定できる状態。
 感情的:自尊心が傷つけられたり揺さぶられて動揺している状態。
・やっかいなのは自分の感情ではなく、自尊心というやつだ。
・自尊心の中身は、本当に自分に対しての尊敬ではなく、自分をよく見せたい、自分の能力はもっと高いはずだ、という見栄ばかりだ。だとしたら、自尊心は捨てるべき。変わりに持つべきは矜持。

・誰かに対して意見を述べたり、説得したりしたい場合は、よい・悪いという言葉は使わないほうがいい。
良否や善悪の言葉を使うと、相手を傷つけることになる。

・もっと時間が欲しいと思うのなら、自分の心を動かす音からできるだけ遠い場所に身を置くことだ。
 心を動かす音とは、泣き声、叱り声、喧嘩の声など。ある種の音楽、メディアの音もまた心を動かして集中を妨げる音になる。
・無音の環境で、もしくは自然の音の中で事にあたるとき、自分の時間がもっとも豊かになる。
 すなわち集中の濃度が高くなり、能力が自在に発揮されるようになる。
・世間の喧騒から自分を遠ざけること、できる限り1人になること、妄想、期待、気がかり、欲望、雑多な関心をすっぱり切り捨てること。

・わたしたちはありのままに物事を見ていない。
 偏見で物事を見て、偏見によって価値づけたり判断を下したりしている。
・ある事柄について語ったり、記録したりする場合、わたしたちはいつも正確に、かつ公平に、何の偏見も先入観もなく、時代環境からも影響されることなく、率直にそのまま表現しているわけではない。

・「言葉」から発想力が生まれる。
 言葉で自分を動かす第一歩は、自分意とって新しい言葉を知ることだ。
 自分にとって新しい言葉であるならば、必ず自分の考え方が変わり、行ないが変わってくる。

・「世間の言葉」から遠ざかる。
 世間の言葉というのは、人々が話したり考えたりする際に自覚もなく使っている言葉、メディアで使われている言葉や慣用的な言い回しなどを指す。軽佻で酷薄で安易。
・世間の言葉を自分の中に無批判に取り入れていると、知らぬうちに世間の言葉の尺度で自分や世界を観るようになってしまう。
・世間の言葉はいつも美しさ、豊かさ、強さ、若さ、などをよしとした価値観を持ち、その反対を排斥しようとする攻撃性を持っている。
 また、世間の言葉は、持続性や継続性自体をよしとする価値観を持っている。血統、伝統。

・なすべき大事のはるか手前で、これまでで習慣化されてしまった細かいこと、なにも今すぐにしなくていいこと、個人的なこだわりや趣味的なこと、小事の連絡、目先の小額の利益になりそうなこと、などをわざわざ差し挟み、それをまず行なう。結果、大事なことについやすべき時間や熱心さを削いでしまうことになる。
 大事が自分の人生を支えているということを忘れて。
・自信のなさは、往々にしてふだんの怠慢の積み重ねから生まれるものだ。
・大事とはふつうは仕事。あとは生命。
・大事のための時間や機会を損なうのは、損得や個人的な快感を基準に物事を一方の側からのみ見る癖がついてしまっているからだ。

・多くの人はなぜか、とりたてて受験勉強しなくてもあっさりtクリアできるほどの知識を自分の中に蓄えておこうという方法をとらない。圧倒的な対処の仕方で問題を凌駕してしまう。

・自分が何かと調和しているときは時間の流れをほぼ感じなくなる。
・時間の長さが意識されるとき。散漫、齟齬、反撥、焦慮、食い違い、非理解、不同調、不調和、敵対、不安、などなど。
・時間をいつもより短く感じるとき、あるいは時間を感じないとき。同化、同調、協和、理解、集中、専念、夢中、一心、宥和、感応、流れ、などなど。
・自意識さえ忘れるほどの集中状態になっているときに、人はもっとも生産的になる。瞑想。

・自分だけは特別だと思い込んでいるから、誰の人生にも起こる病気や事故が異様に大きな不幸として感じられるようになる。
・不安定こそ人生だと覚悟しておけば、変化や出来事をいつでも起きうるべき当然のこととしてすんなり受け入れることができる。

・私たちが仕事をするにおいて、生きていくうえにおいて、不安を持つのはあたりまえのことだ。
 生きることすべて不安なのが当たり前。